かたちないもの〜目には見えないけれど大切なものを探して

「かたちあるもの」の中にある、目には見えないけれど大切な何かを色々な方角から、色々な目線から、思いを巡らせて書き綴るエッセイ風ブログです。

国芳一門に潜入調査の手が入った?

翡翠屋 お蔦

江戸時代の浮世絵師 歌川国芳と言ったら、

絶対に忘れてはならない存在


梅屋 鶴寿(うめのや かくじゅ) 


という人物がいます


国芳の、

パトロン兼マネージャー・プロデューサー。

頭脳明晰で、

国芳のブレーンであったのは、

以前にも記事にしたことがあります。


国芳の作品について、

作品完成までの過程で

鶴寿がいかに深く関わりがあったか、

いかに鶴寿の息がかかっているものなのか、


ということが、

ある意味証拠となる文書📄が

あるので

紹介しようと思います。


面白いYouTube番組を見つけました。



国芳57歳、鶴寿53歳。

嘉永6年(1853年)

隠密廻りによる行状探査書 

(おんみつまわりによるぎょうじょうたんさしょ)


というものが残されているんだそうです。


おんみつまわり、、なんて聞くと、

何だか仰々しい感じがしますね


幕府から相当怪しまれていたということ

ですよね😰


うわープライベートない😰

潜入調査?国芳一門の中に入り混じっていたのでしょうか😱


国芳の作風は、

国芳の発想によるものだけではない、


鶴寿に相談をしている。


鶴寿の入れ知恵によるものが多いという

意味合いの事が書かれていて、、


普段から素行調査されていたのが

ハッキリわかる文書📄で

びっくりです、こわい😱


追伸:

本来は鶴寿ではなく、鶴子(かくし)とするのが

適切だという説があるそうですが、

鶴寿で通して書いていきます。

(個人的には鶴寿の呼び名の方が好き)


翡翠屋 お蔦

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国芳スカイツリーには矛盾点がある?について

翡翠屋 お蔦

以前の記事で書いたもの

(8/3の記事:

❺東京スカイツリーの世界線、

国芳スカイツリーの世界線)


の中で、


矛盾してる点があるんじゃないの??

と記しました。


これって、推測している通りならば


オリジナルは証拠としては

残らないはずだよね??

前の世界線の実物があったとしたら

別の世界線では

全部入れ替わってしまうはず。

(マンデラエフェクトに当てはまらないのでは?)


と投げかけて、

一時中断していたものがあります。


A:前の世界線:

佐賀町河岸方面に建つ

スカイツリーの世界線から、


B:今の世界線:

押上に建つスカイツリーの世界線へ

移動をしていると、

推測しているのに、


押上にある東京スカイツリー:

隅田川上流に向かって


つまり、何故


Aがモノとして実在しているの?

オリジナル作品は、

世界線が変わったというならば、 

今現在の世界線の、

押上にあるスカイツリーの作品として

入れ替わり、残らないよね?


おかしいんじゃない?

という矛盾点です。


投げかけた矛盾点に対しての答え:


これは、浮世絵は版画であり、

原画というものがあります。

原画をもとに刷ったもの=二次的な作品

だから、残っているんです。


以前掲載させて頂いた、

「俺だけマンデラエフェクトさん」

というブロガーさんによれば、


記憶していた世界線でのものは

移動したであろうこちらの世界線においては

全く証拠となるものは出てこない。


でも、


オリジナル(前の世界線の)を引用して、

二次的に独自で書いたものは、

証拠として残り、

入れ替わらないのだそうです。


なので、このことを軸に推測すると、

この浮世絵に対しても

矛盾はしていない、となります。


まとめると、

国芳スカイツリー作品は、

最初に描いた原画を元に、

版画として刷ったもの、

つまり、イコール、二次的作品。


二次的作品は世界線が変わっても、

変わる前の作品が残ります。


実際に美術館の学芸員さんに、


原画はあるのですか?」と 

問い合わせてみたことがあります。

原画は無いんです」とのお返事でした。


余談ですが、

よく、版画作品の端に、何番目に刷られたものかを示す表記がされているのですが、

浮世絵は表記もなく、何番目かというのも

わからないそうです。


次の記事につなげたいと思います。

この二次的に作られた作品


「東都三ツ股の図」は、


ただの未来予測ではなく、

世界線移動という未来予測だったのではないでしょうか。


隅田川に架かる橋



右側の橋は清洲橋


清洲橋に向かう🚶‍♀️


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私たちのいるこの宇宙って、、、ぶっ飛んだ話

翡翠屋 お蔦

アメリカ人の物理学者、リサ・ランドール先生という方がいます。


私たちがいるこの宇宙って、、、

先生がおっしゃるには

例えて言うと、


シャワー🚿カーテン(5次元という膜)に

張り付く無数にある水滴💧のような感じ(3次元+時間軸)をイメージしたものらしいです。


シャワーカーテンの裏側にあるのが

私たちのいる3次元世界以上の、

5次元世界だと言います。


私たちはこの水滴💧から飛び出して

5次元という膜を越えることは

できないんだそうです

😳😳😳驚・驚・驚


これらの水滴💧同士も、行き来はできない、

別の水滴💧の世界は、

私たちのいる宇宙の常識や法則とはまた別の

世界なのか???


この宇宙は、

3次元+時間というつくりだけではなく、

目には見えない、余剰次元がある、

ということをおっしゃっています。 


5次元以上を、

「余剰次元」と呼ぶそうです


5次元世界の膜に張り付いている、

3次元+(一方向の時間軸)の中に

私たちは生きている、

という捉え方。


数式においてまず挫折した私にも

イメージしやすい理論物理学のひとつ。


すごい発想すぎて、最初聞いた時は

「5次元て何?膜???」状態の、

ど素人の私には、驚きの話でした。


ドラえもんの「もしもボックス=いわゆるパラレルワールドの考え方」から

始まった「5次元の世界」。

単語自体は馴染みがありましたが

やはり


YouTuberのくろ丸さんの使う表現、まさに

「ぶっとんだ話」です。


「膜宇宙論」なるものがこれです。


こういう見方があるってだけで、

私の脳みそ🧠はパンクし、

ぶっ飛んでしまいそうな勢いではありますが、

🤣

その先の、ランドール先生の著書を

チビチビ読んでいますが、、、

ここに噛み砕いてかけるほどの理解は

していません😅しかし、

都市伝説などに寄り道しつつ、

チビチビ読んで行こうと思っています。


宇宙飛行士🧑‍🚀の若田さんとランドール先生の

対談集があり、このように話されています。

若田さんの問いかけを、

そのまま引用してみます。


無限に広がっている宇宙空間を見ていると、本当に存在しているものは、わたしたちが見えるところにあるものだけなのだろうか


目に見えないところにあるもの、、、、

これ、とても興味関心をひきます。


私の追い求めている記事の基本テーマ

そのもの。


目に見えずとも、


何となく無意識的に感じているもの。

意識して感じるもの。


これが、物理学という畑においては

モノとして説明をつけていこうとしているのだから、本当に😳😳😳な世界。


中には数式では成り立っているもの、が

あるので、、またまた😳😳😳


物理学とスピリチュアル的なもの(魂の視点から考えられるもの:私の感覚)

が、繋がりのあるものなのかは

わかりませんが、、大変興味深いところです。


追伸:

私たちのいる世界は

「3次元世界に時間⏰軸を加えたもの」

ですが、

この空間において時間移動を

あちこちには移動はできないので、

一方向の時間軸と考え

(意識はできるが物理的にはできないから)

3.5次元とおっしゃる、ユーチューバーさんの

考え方が、わかりやすいです。


お蔦


星空写真家KAGAYAさんの作品


参考文献

リサ・ランドール

「ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く」

NHK出版 2007(平成19).6.30


リサ・ランドール

「宇宙の扉をノックする」

NHK出版 2013(平成25).11.30


リサ・ランドール+若田光一

「異次元は存在する」

NHK出版 2007(平成19).5.25

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