隠密は見ていた👀:しかもかなり近くで
お蔦です。
やはりここ河内屋においても
鶴寿の「国芳をプロデュース」
この手腕が発揮されていたと思います。
この河内屋での書画会について、、
畳三十畳ほどの紙を敷いて とか
墨を浸して〜 とか
紙が広過ぎて手間がかかっている様子 など
国芳の描く姿そのものを
かなり具体的に書いているのを見ると、
やはり
その場にいたんだろうと推測ができます。
単に、
人から聞いたものだとしたら、
国芳は広大な紙を敷いて
水滸伝に出てくる人物を描いた
裸になって描いていた 程度の
端折った書き方になるんじゃないか?と
感じました。
隠密は見ていた しかもすぐ近くで。
この後
そのままの文を載せてみます(⚫︎を参照)
⚫︎浮世絵事典より
畳三十畳敷程之紙中え、
水滸伝之人物壱人みご筆ニて大図ニ認、
隈取ニ至り手拭え
墨を浸シ隈取いたし候得共、
紙中場広にて手間取候迚、
着用之単物を脱墨を浸、
裸ニて紙中之隈取いたし候間、
座輿ニも相成、職人之内にては、
下俗之通言きおひもの杯と申唱候由
こちらには河内屋の様子が、歌川広重によって
描かれています。
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