かたちないもの〜目には見えないけれど大切なものを探して

「かたちあるもの」の中にある、目には見えないけれど大切な何かを色々な方角から、色々な目線から、思いを巡らせて書き綴るエッセイ風ブログです。

本題から少しそれますが:隠密は見た?(家政婦は見たのパクリ)

翡翠屋 お蔦

こんにちは😀

引き続き、隠密の話になりますが、


鶴寿は国芳のブレーンであること

を、隠密によって調べられていたことが

書類📄として残されています。


本題とはちょっと横道にそれますが


それについて、

少し勘繰ってみたくなりました。


隠密はどこに潜伏していたのか?


この探査書が出されたのは、

国芳57歳、鶴寿53歳の時。


この時期、国芳が住んでいたのは

玄冶店(げんやだな)」という場所だそうです。


お弟子さんもたくさん集まっていたと思います。

ではこの、


玄冶店(げんやだな) とは....どこか?

(🌟記事な最後に由来を記載)


現在の、

日本橋人形町3-8 あたりだとされています。


どの辺りだろう...まずは地図で。


現在の地図

この太い赤線🟥が、人形町通りです。

ちょうど、東京メトロ日比谷線が

通っています。

3丁目8番地の8の表記がありませんので

特定ができないですが、

9番地の手前の辺りでしょうか。


お江戸の香りがしてくる感じですね。

江戸の街並みを想像してしまいます。


それから、こちらが💁‍♀️


江戸時代と現代を重ね合わせた地図。


赤い印🟥が人形町通りです。

横の青い🟦太線が、東京メトロ日比谷線。

右斜め下が人形町駅です。


ちなみに現代の航空写真。



この辺りに

隠密はうろついていた?かも?

しれませんよね。


よく時代劇に出てくるような

修行僧のような、先の尖った(円錐形?)の笠を

被って袈裟を着ているような、、

違うかなあ🤔


潜入調査も???だとしたら

どうやって潜入していたんだろう🤔


この次は、

それから国芳のブレーン、

鶴寿が生まれたところ。


千代田区神田佐久間町の地図も載せてみます。


🌟玄冶店とは...

(げんやだな)


江戸の地名。日本橋北の横町。

幕府医師の岡本玄冶の屋敷跡で、

芝居関係の者が多く住んでいた。

歌舞伎狂言

「与話情浮名横櫛よわなさけうきなのよこぐし」4幕目の源氏店げんじだな妾宅の場の俗称。


(コトバンクより抜粋)


お蔦

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